ツイッター民のyukiusagiさんから、DMで『英国人捕虜が見た大東亜戦争下の日本人』の感想を送っていただいた。非常に驚かされると同時に感動的ですらある内容だった。この方の視点が独特で、まるで本の中の世界に入り込んで、著者の横に立ってそこで起きる出来事を一緒に眺め、そこにいる人々の表情の変化まで観察しているかのようだ。これはぜひ他の人にも読んでいただきたい。yukiusagiさんの許可を得て、私のブログに転載させていただいた。
「英国人捕虜が見た大東亜戦争下の日本人 -知られざる日本軍捕虜収容所の真実」を読んで普段、戦争物は好んで読まないのですが、著者が好きだったという「少年キム」を私も好きだったこと、捕虜として日本で過ごした著者のエピソードが、他にはない英国人的なユーモアに富んだ冒険物語として描かれていると紹介されていたので読んでみることにしました。
 ラドヤード・キプリング箸『少年キム』 |
これは、日本人が知らないもう一つの外国人捕虜の記録であり、戦争本が苦手な人にも読みやすいおすすめの本です。
前半は敵性国家である日本に対する著者や仲間たちの言葉にいちいち不快感を覚えたり、「チビ」「出っ歯」「つり目」といったよくある日本人の描写に少しがっかりすることも多かったです。
 著者が不細工という日本軍通訳 |
そして、捕虜になる前の激しい戦闘の場面辺りから、辛くて読み進めるのが段々嫌になり始めたので、なんとか読破するために途中からは訳注もチェックせずに流し読みで進めました。
 迫撃砲弾の破片で首を負傷した著者 |
すると、気づいたのです。この本全体に漂う空気感が、今まで読んだ戦争本とは全く違うことに。
さらさらと読もうと思えば、どんどん進めます。というのが、著者があまりにも事実を淡々と粛々と描いているからでした。
同僚の死に際しても、自分が殺した日本軍に対しても、その事実のみがさらりと軽い調子で書かれているので、まるで食事をしたら歯磨きをするように、ごくありふれた日常の出来事として読み流してしまいます。
 著者が銃撃する前に見た日本軍斥候最後の姿 |
これは、こちらの感情が置いてきぼりにされるような、何とも言えない感覚でした。
でも、それに慣れていくと、著者が感情を必要以上に書いていないゆえに、より明確に浮かび上がってくる現実感は、それが日常生活である世界に突然送り込まれた人間が、精一杯自分を守る術だったのかもしれないと思うようになったのです。
いちいち一喜一憂していては自分の体も精神も正常に保つことができない、毎日毎時間、生と死の交錯する世界に投げ出されたとき、人はこのようになるのかもしれません。
そして、思いがけないことに、この本では著者が捕虜となってからがより明るくユーモラスな展開になっていきます。特に、日本の大森捕虜収容所に送られた後、彼らが生き生きする様が見て取れます。
 オンボロの木橋を渡り、人工島上の大森捕虜収容所へ |
この本を読むまでに私が描いていた外国人捕虜とは、映画「戦場のメリークリスマス」で観たような過酷で悲惨な姿でした。
しかし、著者たちは違いました。そこに描かれていたのは、前向きで機知に富み、日本人の支配を越えて生き延びようとするしたたかでどん欲なエネルギーに溢れた逞しい捕虜たちの姿でした。
特に、監督官の目を盗んで食料を盗み食べまくった結果、体重が44kgから人生最高の70kgまでに増えた-というエピソードは笑えました。一般の日本国民の食糧事情が厳しい折、捕虜という立場でそこまで食べられたことに驚くばかりです。
 隅田川駅で塩鮭を盗んだ著者だったが、尻尾が丸見え |
さらに、クリスマスのシンデレラの上演は愉快だったし、さらに終戦後、味方からかなり乱暴に届けられた空からの物資投下が、まるで爆弾のようだった場面も笑えました。
 昭和19年の捕虜慰安ショー「シンデレラ」閉幕シーン |
残酷さや悲惨さ、絶望しかない戦争という時代の中にあって、自分の希望も将来も犠牲にし、国家のために命を懸けて戦った人々、そして、そんな状況で敵味方として出会った男たちの、過酷な中にも時に人情の触れ合いも垣間見える複雑に絡み合ったリアルな世界を知ることができました。
著者の驚くべき記憶力、描写力によってつづられたこの本は、現代人にとって素晴らしい歴史的資料になるでしょう。
しかし、私のような戦争に無知な人間は、1回読んでも豊富な情報を消化することができませんでした。
2回目、3回目と読めば読むほど、著者が生きた時代感、価値観、人々の生活が徐々に理解でき、その中で著者を始めとした外国軍人や日本軍人、そして彼らを泣く泣く送り出さざるを得なかった家族や母国民たちの、逃げ場のない苦しみや悲しみ、苦難に寄り添うことができるのではないでしょうか。
また、この本の著者は、敵であり支配者である日本軍人に対しても、必要以上の憎悪や恨みにとらわれることなく、とても客観的にユーモラスに描いている点が他の戦争本とは全く違います。
 芝浦の親方の一人、スカーフェイス(やくざ) |
それゆえに、任務とはいえあこぎな叱責や暴力をふるう彼らの姿や葛藤、終戦宣言直後の複雑な感情を爆発させる姿さえも、ユーモアを交えつつどこか慈愛を持って描かれているように感じました。
それこそがこの本の最大の特徴であると思えるのですが、それは、決して感情に流されて誰かを必要以上に責めたり貶めたりしない、著者のおおらかで優しく思慮深い人間性によるものではないでしょうか。
そして、この本全体を包み込むユーモアの存在はとても大きいです。どんな状況でも明るくユーモアで乗り切れる著者だったからこそ、命をつなぐことができたのだろうと強く感じました。
この戦争の時代が、「少年キム」にあこがれた著者にとって、過酷ではあったけれど多くの幸運にも恵まれた約4年の世界一周の冒険旅行として描かれたことは、私にとって大きな救いになりました。
たとえ、このような幸運な捕虜たちがごく一部に過ぎなかったとしても。
最後になりますが、和中光次さんの訳はとても分かりやすくて素晴らしかったです。
戦争に関するあらゆる知識に秀でていなければ、このような訳は実現できなかったでしょう。
素晴らしい本を世に送り出していただき、ありがとうございました。
今尚、当時の問題を掘り返され、あの時代の真実を探し求めている多くの現代日本人に、学校では教えてくれない、大人たちも教えてくれない歴史の一節を知るために、そして、日本のために戦った先人たちのリアルな生きざまに触れるためにも、この本を読んでほしいと思いました。
 出征前に撮影された著者デリク・クラーク(カラー化) |
 クラークと妻ジョアン。結婚50周年 |

『英国人捕虜が見た大東亜戦争下の日本人』