東京大空襲の惨状を目の当たりにした、大森捕虜収容所の捕虜たち
- 2015/08/19
- 10:33
前回、デレク・クラークの著書「No Cooks Tour」から大森捕虜収容所の捕虜たちが目撃した空襲の様子を紹介した。
今回は、その続きで、翌日、その被害を目の当たりにした捕虜たちの話である。
捕虜たちはどのように思ったのだろうか。
空襲の翌朝、我々は、いつものように作業場に向かうため整列した。
空は黄色がかった煙で覆われている。
ニップたちは疲れ、苛立っているようだ。
しかし我々は上機嫌で、ワクワクしていた。
早く収容所の外に出て、被害の状況を見たかったからだ。
だが、橋の上に来ても、何も変わった様子はない。
我々はがっかりした。
前夜我々は、橋の向こうは何もかも焼け落ちて更地になっているに違いないと思っていたからだ。
トラックは遅れていた。
30分ほど待ってやっと到着し、我々はトラックに乗り込んだ。
大通り沿いを走るが、故障した消防車を1、2台見かけたものの、特に変わった様子はない。
しかし突然、完全に廃墟と化した光景が目に飛び込んできた。
トラックの両側に、黒と灰色の広大な焼け跡が広がる。
煙がくすぶっている。荒涼とした空間に、黒焦げの柱が幾本も、わびしく立っていた。
道路には、焼けた自動車やトラックがある。
タイヤは溶け、金属製のホイールがむき出しになっている。
それに電信柱も焦げ、傾いている。
他にも、跡形もなく焼失しているものがある。
そこにあったはずの家々がきれいになくなっていた。
今もくすぶる残骸と残骸の間のスペースが、かつてそこに通りがあったことを示していた。
廃墟の中に、ねじれた旋盤等の機械の残骸が焼け残っている。軍需品を生産していたのだろう。
家財道具をいっぱ積んだ大八車を引く老人、赤ん坊を背負う女性、慌てて詰め込んだであろう荷物を背負う人、そんな暇もなく何も持たぬ人など、道には焼け出された人々が数多くいた。
皆、放心状態で、呆然としていた。
一人か二人、「捕虜だ」と叫ぶ子供はいた。
しかし、ほとんどの人は我々には無関心だった。
息をのむような、悲しい光景だった。
我々は石くらいぶつけられるのを覚悟していた。
しかし、彼らは、我々を気の毒な気持ちにさせただけだった。
廃墟の中をトラックで走っていると、突然、何事もなかったかのような町並みに入った。
そこはもう以前と何も変わらない。
しかし、小名木川の方で大きな煙が立ちこめているのが見える。
芝浦に着いた。被害はない。我々はいつも通り仕事を始めた。
正午頃、またサイレンが鳴った。
戦果を確認する偵察機だったので、我々は防空壕には入らなかった。
夕方、収容所に戻ると、小名木川と2カ所の鉄工所の作業班の連中がいる。
彼らは、作業現場まで行けなかったのだという。
汐留の作業班が帰ってきた。
そこにも何発か焼夷弾が落ちていたが、大した被害はなく、今後もそこで作業を続けるのだという。
作業が可能なのは芝浦と汐留の2カ所のみ。
小名木川貨物駅と2カ所の鉄工所ではもう作業はできない。
そこの班の連中には、収容所内で作業することになった。
今回は、その続きで、翌日、その被害を目の当たりにした捕虜たちの話である。
捕虜たちはどのように思ったのだろうか。
空襲の翌朝、我々は、いつものように作業場に向かうため整列した。
空は黄色がかった煙で覆われている。
ニップたちは疲れ、苛立っているようだ。
しかし我々は上機嫌で、ワクワクしていた。
早く収容所の外に出て、被害の状況を見たかったからだ。
だが、橋の上に来ても、何も変わった様子はない。
我々はがっかりした。
前夜我々は、橋の向こうは何もかも焼け落ちて更地になっているに違いないと思っていたからだ。
トラックは遅れていた。
30分ほど待ってやっと到着し、我々はトラックに乗り込んだ。
大通り沿いを走るが、故障した消防車を1、2台見かけたものの、特に変わった様子はない。
しかし突然、完全に廃墟と化した光景が目に飛び込んできた。
トラックの両側に、黒と灰色の広大な焼け跡が広がる。
煙がくすぶっている。荒涼とした空間に、黒焦げの柱が幾本も、わびしく立っていた。
道路には、焼けた自動車やトラックがある。
タイヤは溶け、金属製のホイールがむき出しになっている。
それに電信柱も焦げ、傾いている。
他にも、跡形もなく焼失しているものがある。
そこにあったはずの家々がきれいになくなっていた。
今もくすぶる残骸と残骸の間のスペースが、かつてそこに通りがあったことを示していた。
廃墟の中に、ねじれた旋盤等の機械の残骸が焼け残っている。軍需品を生産していたのだろう。
![]() 空襲翌朝の東京。焼け出された人々の間を、捕虜を乗せたトラックが走る。 |
家財道具をいっぱ積んだ大八車を引く老人、赤ん坊を背負う女性、慌てて詰め込んだであろう荷物を背負う人、そんな暇もなく何も持たぬ人など、道には焼け出された人々が数多くいた。
皆、放心状態で、呆然としていた。
一人か二人、「捕虜だ」と叫ぶ子供はいた。
しかし、ほとんどの人は我々には無関心だった。
息をのむような、悲しい光景だった。
我々は石くらいぶつけられるのを覚悟していた。
しかし、彼らは、我々を気の毒な気持ちにさせただけだった。
廃墟の中をトラックで走っていると、突然、何事もなかったかのような町並みに入った。
そこはもう以前と何も変わらない。
しかし、小名木川の方で大きな煙が立ちこめているのが見える。
芝浦に着いた。被害はない。我々はいつも通り仕事を始めた。
正午頃、またサイレンが鳴った。
戦果を確認する偵察機だったので、我々は防空壕には入らなかった。
夕方、収容所に戻ると、小名木川と2カ所の鉄工所の作業班の連中がいる。
彼らは、作業現場まで行けなかったのだという。
汐留の作業班が帰ってきた。
そこにも何発か焼夷弾が落ちていたが、大した被害はなく、今後もそこで作業を続けるのだという。
作業が可能なのは芝浦と汐留の2カ所のみ。
小名木川貨物駅と2カ所の鉄工所ではもう作業はできない。
そこの班の連中には、収容所内で作業することになった。
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